教育

妹尾昌俊さんがのツイート「教育委員会の学校訪問」について、こう考えます。

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教育研究家の妹尾昌俊さんがこんなツイートをしていました。
教育委員会の学校訪問について、次のことを検討しては?
それについて、私はこう考えています。
そもそも教育委員会はお客さんでも来賓でもありません。
共に子どもを支援する、同等の立場です。
学校訪問の時に教員はスーツとネクタイが基本になりますが、児童生徒と接するのが仕事ですから、そんな服装になる必要はありません。普段の学校、普段の服装のままで構いません。
訪問時には緊急の朝掃除をしますが、それも必要ありません。
子どもたちにとっては、誰だか分からない、変なおじさんやおばさんです。
1.いつ来てもよい。〇〇指導主事、ようこそ系の看板はいらん。
→学校は旅館でもホテルでもありません。教育委員会は学校に観光に来るのではありません。
2.学校はお茶くらいは出すが、それ以上はしない。校長も忙しい場合、どうぞ勝手に見てきてくださいと放置してよし。
→お茶も出す必要ありません。飲みたいなら自分で水筒に入れて持って来たらいいです。好きなように学校内を見たらいいです。
3.授業を見る、子どもや先生のナマの話を聞く。
→見るだけではなく、定期的に子どもと接する。
さらに、掃除時間に子どもといっしょに雑巾がけをするといいです。そうすると、日ごろ子どもたちがどんなに頑張っているかが分かります。そうじの服装はスーツにネクタイのままでいいです。
そして、具他的な支援方法を教員に伝える。教員が生の声を言えるように聴く耳を持ってきて、困ったことには即時に対応する。
4.ときには、校長をはじめ教職員にとって耳の痛いことも具体的に伝える。
→表面的な訪問では意味がありません。学校側からも耳の痛いことを伝える。
5.よい点は褒める、愛でる。そしてその情報を市内外の学校に伝える。
→これは言わなくても当たり前のことです。必ずその学校のよい点はあります。それを見つけるのも教育委員会の仕事です。そして、いい実践を他校に広げていくことです。この、最もできていないのが情報発信です。学校は大変忙しい、だから教育委員会が率先して情報発信に努めるべきです。
6.すべての学校に年間2回ずつ行くといった形式的な平等はいらん。訪問に軽重や重点をつけてよい。ただし、情報は平等に共有していく。
「訪問した」という事実を残すための訪問は必要ありません。何を目的にしているのか明確にし、検証することが大事です。
あとひとつ。
子どもにあいさつを「させる」のではなく、訪問者の方から子どもたちに挨拶をすべきです。そうすれば「あいさつをしなさい!」と言わなくても子どもはあいさつをするようになります。

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