
これは個人の投稿や発信だけでなく、大手メディアにもいえることではないでしょうか。
視聴者の注目を集めるために刺激的、ワクワクすること過激で大袈裟な表現、中には「ヤラセ」まで。それにどんどん没入させることが目的になる。
そして視聴者はさらに刺激的なものを求める。
まさに構造的な問題なのではないでしょうか。
これは子どもだけではなく、大人にも当てはまると思います。
今では多くのことがネットで始まりネットで完結する。手間ひまかけないで手軽に手間も時間もかけないで完成できてしまう。現実ではあり得ないこともネット内で簡単にできてしまう。刺激的、ワクワクすることにどんどん没入し過激的なものになっていく。しかもそれは善くも悪くも取り返しはつかない。
さらにAIだけで完結する、人間には入れない仕組みまでできたそうです。
今やネットも現実、AIも現実なのです。
私たちはこんな世界に生きている。もう後戻りはできない。
便利だから、簡単だから、楽しいから?
「知らなかった」では済まされない社会なのです。
どんな社会になっても最も大切なのは「そこに人がいる」「向こうには生の人間がいる」ということだと思います。