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学びとは自分で課題を見つけて解決していくこと、それは学校へ行かなくてもできる

投稿日:2020年5月5日 更新日:


「不登校を理解する」とは?
ただ学校に行かないっていうだけで、なぜこんなにも子も親も苦しまなければならないのか。
ただ学校に行かないっていうだけのことで。
何度も言うけど「不登校」は問題じゃない。
学校に行かない子にも親にもなんの問題もない。
学び方、生き方のひとつが「学校には行かない」というだけのこと。
「教育行政の不登校への向き合い方と対応のしかた」や「不登校を問題視する日本の社会」こそが問題なんです。
学校に行くことも行かないことも同等であり、どっちを選んでもいいだけのことなんです。
その選択肢は人の数だけある。
そのうえで、自分の生き方学び方は自分自身が決める。
これが「不登校を理解する」ということです。
ここからスタートしないからおかしな対応ばかりになるのです。
結論。
自分の好きなこと興味のあることを「やりたいと思ったとき」に「やりたいところ」で好きなようにやっていけばいい。
それが学校なのかそれ以外のところなのかの違い。
それを応援するのが親の役目であり、その場を作るのが教育行政の役目。

「学校の押し付けスタイル」じゃないのか?

「学校がないと勉強ができない」
なんだか、今、その方向になりつつあるような気がします。しかし、コロナ休校でそう考えるようになってしまうのはもったいないと思います。
オンライン授業競争をはじめとするここ最近の教育現場で起こっていることを見ていて思うことですが、これって、まさに「学校の押し付けスタイル」じゃないのかなあと感じています。
せっかく自由に過ごせる時間をたっぷり得たにも拘わらず、その時間の使い方が分からない、何をしたらいいのか分からないというのはもったいないことです。
勉強しようと思えば、いつでもどこでも勉強できます。自分で課題を見つけて解決していく力があれば、学校へ行かなくても学ぶことはできます。それを見つけ、解決していくことこそが学びだと思います。
「勉強したいと思っているのなら、やり方はたくさんある」
「学校がなくたって勉強できるよね」

そう考える人が増えたらいいと思います。
「学校がないと勉強ができない」
もしそう思っているとしたら、そんな勉強は今すぐやめた方がいい。
学校に行けば勉強ができると思っているのなら、行かなくてもいい。
その程度の勉強ならやらなくていい。
その程度の勉強なら学校に行かなくてもできる。
「勉強したい」と思っているのなら、やり方はたくさんある。
学校で教えてもらわないと勉強できないのなら、勉強することをやめた方がいい。
勉強しようと思っているのなら、いくらでもできる。
自分には課題意識がないのに、一方的な課題(宿題)を押し付けられ、それをこなすことが勉強だと教えられる。自分に必要ないこと(作業)をやらされて、それをこなすことが仕事だと教えられる。それをなんの疑問も持たないでいる方がおかしいと思います。
学ぶとは、自分で課題を見つけて解決していく方法を探すことです。それは学校へ行かなくてもできます。
やりたいから学ぶ
知りたいから学ぶ
できるようになりたいから学ぶ
自分がそうしたいと思う、だから学ぶのです。
自分の課題を解決したいから学ぶのです。
学ぶとは自由であること
遊ぶとは自由であること
生きるとは自由であること
自分のことは自分で決められること
学び方も遊び方も生き方も自由に決められること
学ぶには「学校」という枠の概念すら必要ない
世の中には学校へ行かないで大活躍している人がたくさんいます
学校に行かないで活躍している人はたくさんいる「事実」にもっと目を向けよう

学校がないと勉強ができない「勉強」とは?

学校がないと勉強ができないと思っているのは、勉強を押し付けられて、「自分で学ぶ」方法を学んでこなかったからです。与えられたことをこなすことが勉強だと教え込まれてきたからです。
そもそも勉強とは、誰かから押し付けっらえるものではなく、自分が何かを解決したいと考えたところから始まるものです。他者から与えられた課題を他者の思いにコントロールされて答えを導くことではありません。大事なことは自分自身の課題であること、そしてそれを自分で解決する方法を見つけることです。
「やりたいことが分からない」「何をしたらいいか分からない」という子どもが増えています。それは、他者から押し付けられたことをこなす経験しかしていないから、受け身の生き方しかできません。自由に自分で考えて、自分でやってみる経験が不足しているためです。強制された勉強しかしたことがないと、自由な時間ができたときに何をしたらいいか分かりません。
ここ最近の教育の現場で起こっていることを見ていて思うことですが、これって、まさに「学校の押し付けスタイル」じゃないのかなあと感じています。せっかく自由に過ごせる時間をたっぷり得たにも拘わらず、その時間の使い方が分からない、何をしたらいいのか分からないというのはもったいないことです。
みんなが学年別に分けられ、同じ教室内でじ同じ教材で同じ内容を学ぶことを強要されているのが「学校スタイル」。
学校とは教科書を持って教室に集まり一斉に授業するもの、というスタイルがこれまでの「当たり前」。
みんなが同じ場所で、みんなが同じ内容を、みんなが同じ学び方をしたら、みんなが同じ学力が身につく。おそらくこれは不可能だということはみんなが気づいています。学校制度というベルトコンベアーに乗ったら安心だという錯覚から早く眼を覚ました方がいいです。
今、自治体間、学校間で競い合っているオンライン授業もそれとなんら変わりません。これでは、受け身の子どもを増やし続けていくだけで、自分のやりたいことを見つけることができない人間を生産するだけに終わります。
「オンライン上の教室」での一斉授業配信は「勉強嫌いの子」が大量生産される
自分には課題意識がないのに、一方的な課題(宿題)を押し付けられ、それをこなすことが勉強だと教えられる。自分に必要ないこと(作業)をやらされて、それをこなすことが仕事だと教えられる。それが理不尽だと思っていても、やらされ続けて来た子どもには大人になってから「働き方改革」ができるわけない。自分で考えて自分で変えることができない者に改革などできるはずがないと思います。
今、あわててオンライン授業を始めていますが、すでにオンラインで学習できる仕組みはあります。勉強しようと思えば、いつでもどこでも勉強できます。MMDLaboが中高生の勉強時におけるスマートフォン利用実態調査を実施。9割以上の中高生が勉強中にスマートフォンを活用していることが分かっています。子どもたちはほっといても自分で学ぶのです。
中高生の9割、スマホ使って勉強「YouTubeで問題の解き方見る」

今こそ自律的な学び方ができるチャンス

文科省の担当者は「オンライン授業だけでは単位として原則認められない」という。今、次々に出ている文科省の通達は、新指導要領を実施することが目的で、とにかく決められた教育課程をなんとか実施しようとするものです。だから、出席日数や授業時間にこだわるのです。何を学びどんなことを学習したかではなく、その所属と日数で評価が決まるのです。
それにこだわっていては、問題は何も解決しません。せっかく自律的な学び方ができるチャンスなのに、文科省はそれを考えようとはしていません。
自治体間、学校間での学力格差が言われていますが、とっくにに公立と私立の学力格差は大きく広がっています。ここでいう「学力」とはテストで高得点を取ることではなく、「生徒自身が主体となって何をどのように学ぶのかを考える自律的な学び方」のことです。
日本の学校は同年齢同学年で教員が画一的、一方的に課題を与え、生徒はそれをこなすだけ。小学校から大学までもが、やらされる勉強をして無駄な時間を消費しています。そんなつまらない教科書の内容を教えるのに1年間もかける必要はありません。
子どもにとっては課題意識のないことを一方的にやらされて、それをこなすことが勉強だと教えられる。そんなに重要ではないことをやらされているから面白くない、やる気も出ない。
オンライン授業もそう。ただ一方的な講義授業はつまらない。聞かされる生徒はたまったもんではありません。受け身ではなく、いかに能動的な学びができるかということが重要です。そのためには、制限のない自由な空間、自由な時間、自由な人間関係が不可欠です。自由の保障をすれば、主体的、能動的に学ぶようになります。

公立と私立の格差以上に、学校と塾の格差は広がっています。学校の授業はつまらないけど、塾の学習はワクワクするという子どもも増えています。それは、個々の子どもの「やりたい、知りたい、学びたい」に対応しているからです。
こんな当たり前の学び方が分からないようでは、「公立学校はオワコンだ」といわれるのも当然のことだと思います。
一律的、画一的ではない、個性的な学校作りが今求められています。教員個々のアイデアと工夫を凝らした学校に変えていくべきですが、その前に教員個々の「学校の当たり前」「教える勉強スタイル」の転換が不可欠です。
新指導要領の目玉はアクティブラーニングですが、それに対応できる教員が果たして何人いるでしょうか。
自分がこれまで小学校から大学まで受けてきた教育スタイルを脱皮して自由な学びスタイルを実行できるかどうかが大きな課題だと思います。
アフターコロナに向けて、その準備をすべきです。
そうすれば、日本も面白い学校に変わります。

学校教育に「NO!」と言っている子どもたちに期待しています

その一方で、学校という場所に強く違和感を感じている子どもたちが増えていることは希望が持てると思います。
学校教育に「NO!」と言っている子どもたちの方が、よっぽど考えていると思います。
こうやって、目覚めた子どもたち、自分の学びをして自分の生き方をしている子どもたちが増えていることは歓迎すべきことだと思います。
「勉強したいと思っているのなら、やり方はたくさんある」
「学校がなくたって勉強できるよね」
そう考えて、自分のスタイルで学び始めています。
「学習権の保障」とは「自由の保障」です。
学校教育という「不自由な学び」ではなく、「フリーエデュケーション」「自由な学び」をめざすべきです。
いつでも、どこでも、誰とでも学ぶことは可能です。
オンラインだとかオフラインにこだわる必要もありません。
自分が学びたいように学び、生きたいように生きたらいいです。
そんな子が増えていけば、日本ももっとまともな国になるに違いありません。
不登校はイノベーションのはじまり 「教育維新」はもう始まっている
公教育からはみだすって、まさに「不登校バンザイ!」なんですよ

参考記事

コロナ禍をチャンスに変える
オンライン授業を阻む文科省
【オンライン授業に壁】「対面指導」崩さぬ文科省
ダルビッシュが文科省に物申す!? オンライン授業の導入が進まない現状につぶやいた中身とは…
完璧な授業でなくてもいい フィンランドの小学校がオンライン授業に移行したわけ
「学校は何のためにあるのか?」熊本大学 苫野一徳(NHK 視点・論点)

新しい教育観に変えるために必要なこと

まずは、何かをさせないといけないと思い込んでいる大人が変わらないとだめだと思います。これまで学校も親も子どもが自ら考えることを奪ってきたこと、子どもがやることを大人が一方的に決め、それを押しつけてきたのです。「ああしなさい。こうしなさい。あれはダメ、そこはダメ!」って勝手に大人の都合で強制してきたのです。
その結果が、時間を与えられても何をしたらいいか分からない人間を生んできたのです。
休校騒ぎで大人がよってたかってなにかをさせようとしていない?
教員というものは児童が勉強しているプロセスや結果を評価することはしていますが、自ら勉強することはほとんどやっていません。自ら課題を見つけ、それを解決していく経験をしたことがありません。だから、課題の見つけさせ方も解決の仕方も分かりません。
私は「新しい教育観」として「内発的動機づけ」「自己満足感」がポイントになると思います。
児童に「やってみたらどうなるか?」「勉強したい!」という「内発的動機づけをいかに起こさせるか」、評価の尺度は、これまでのような教員から観た評価、他者評価ではなく、自己有能感や自己決定感など「内的な満足感」の占めるウエートを重くした方がより学ぶことが楽しくなります。「勉強したい!」という内発的動機づけで始めた勉強は自己満足感、自己達成感も高いです。
やらされる勉強からやりたい勉強へのシフトをするためには、教員の意識変化と授業改善が問われています。これまで以上に教員一人ひとりの力量が問われると思いますが、それだけ授業の創意工夫にもやりがいもあるといえます。学ぶ楽しさを感じるためには教員自身が学ぶ楽しさを感じる必要があります。
そのためには、課題を見つけ、それを解決する方法を学ぶ教え方を学ぶと同時に、教員自身が学ぶことを楽しむということも必要だと思います。
学校で身に付けさせなければいけないのはテストの成績ではなく「自律的に学ぶ力」
プログラミング、英語…2020年、小学校教育はどう変わる?
内発的動機づけとは
やる気を高めるには「承認」~内発的動機付け・マズローの欲求段階説より考える~

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