教育

市教委や学校の対応の悪さがますます事態を悪くしている

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いじめを苦に自殺、連日新聞やニュースで取り上げられていますが、その後の市教委や学校の対応の悪さがますます事態を悪くしています。
仙台いじめ自殺での「遺族の意向」がどのようなことなのかが分かりませんが、いじめの事実を隠そうとする対応では何の解決にもなりません。
市教委や学校は、隠すためにそれ以上の理由があるとしか思えません。
考えられないことが、実際に起こっています。今も続いています。
「いじめは0」という報告は「いじめが見つけられなかった」「いじめはあるが報告は0にする」というだけのことです。
また、どこまでの行為を「いじめ」と見るかによる教員の”ものさし”によっても異なってきます。
なので、再調査にあまり期待しないほうがいいと、個人的には考えています。
学力調査の報告だって同じです。
あの点数をもって学校の学力の測定をするのは危険すぎます。
文科省のやっている調査って、そんなもんです。(ととらえましょう。)
他のことにその費用を使った方が、よっぽど子どもたちのためになりますよ。
大事なことは、「いじめられている被害者の子」が「いじめられている」と受け止めている、いろいろやられてしんどい、辛い、苦しい状態に置かれているかどうかです。
それをペーパーのアンケートや信頼していない教員に話せますか?
なので、学校側としては「アンケートで問題はない」「子どもからは話を聞いていない」
だから「いじめはありません」と報告するのです。
「いじめがある」と報告すれば、教委から責められます。
教委が支援するのではなく、学校側に責任を押し付けて、現場で対応しなさいという「命令」だけを下します。
だから、いじめがあっても隠そうとします。これが、今の教育現場の実態です。
私は今は現場から離れていますので、このようなことが言えるのですが、これが現実です。
そのために、1人でも多くの子どもたちを守りたいと考えて、現場を離れて動いています。
また、上からの命令と保護者から地域からの不満にも板挟みで学校現場もかなり苦しんでいます。
中には、いじめ問題をなんとかしたいという熱意のある現職の教員もいます。
しかし、それがちゃんと機能していないシステムに問題があります。
なによりも、「隠そう」という行為は犯罪といってもいいです。
2004年6月1日に、佐世保の小学校で同級生をカッターで切って殺した事件がありました。
その同じ年に倉吉で中学生が母親をなたで切りつけて重傷を負わしたという事件がありました。
そのときに、倉吉でも緊急市民集会が開かれました。
しかし、参加者は少なく、発言もほとんどありませんでした。
当時は市内の小学校に勤務していた時で、2地区の集会に参加しました。
その時に感じたのは、当事者意識の薄さでした。
皆がみなそう思っていたかどうかは分かりませんが、少なくとも私は会場の雰囲気でそう感じました。
いじめの問題だけでなく、このような事件の背景にあるのは、1つが無関心です。
もちろんそれだけが要因ではありませんが、子どもの教育を学校と家庭の責任としていても、子どもの問題は解決しません。
「地域の結びつきが弱くなった」「うちはうちのやり方がある」ということも確かでしょう。
私も、何もしないで静かに暮らしたいと思うこともあります。
他人と関わるのは面倒なので、自分の家族は自分で守るという考え方もあるかもしれません。
しかし、それでは地域のつながりは弱くなる一方で、ますます無関心の人を増やしていくことになります。
みなさんには、「自分も傍観者のひとりである」という意識があるでしょうか?
各地で人権・同和教育が進められてきましたが、まだまだ無関心と傍観者意識の弱さがあると思います。
倉吉市の意識調査でも、「日常的に人権が侵害されたことがある」と答えている人は2割、その中で「自分の住んでいる地域で人権侵害を受けた」と答えた人が4割もあります。
それだけ地域が住みにくい、安心して住むことができないと思っている人が多いといえます。
また、学校に対する文句や教育行政に対する不満のある人も少なくありません。
学校や市教委が「いじめの事実を隠そう」とするのであれば、それをそのままにしないで、みんなの力で解決していくことが大切です。
そのためにも、事件が起こってから目を覚ますのではなく、日ごろから学校の職員との信頼を築くこと、職員との交流を図ること、市教委がどんなことを進めていて、どんな子どもたちを育てていこうとしているのかを見て、その方針に疑問があれば担当者に話したり、いい方法があれば率先して意見していったり自らが行動していくべきです。
河北新報の報道内容だけを鵜呑みにするのは危険ですが、1人ひとりが地域の実態を知り、地域の教育行政に関心をもつこと、おかしいと思った人が自ら行動を起こしていくことが大事です。
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201509/20150901_13015.html

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