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新しい学校のカタチとは?「学校という場所」を利用したいときに利用するというカタチ

投稿日:2022年10月3日 更新日:

日本の学校は、まるで軍隊か刑務所のようだ。
みんなが同じ時間に同じ行動をして、それができないと罰せられる。
さらに行動に対する評価までされ、学校生活全体で優劣をつけられ、序列化させられる。

学校では着るものも履くものも決められる、髪型も決められる。パンツの色まで決められる。

「みんな違っていい」といいながら「普通」に支配されて自分を生きていない

やりたいことがあるから、それができるところへ行く

学校はいかなければならない所ではなく、行ってもいい所だと考えたらいい。
朝から晩まで居なければならないところでもない。
学校でやりたいことがあれば好きな時に行って「利用」したらいいところです。
子どもにとっては毎日毎日朝から晩まで学校に行くことは義務ではないのです。
学校はいかなければならない、のではなく、行ってもいい所なのだ。
朝から晩まで居なければならないところではない。
やりたいことがあれば好きな時に行って利用したらいいところだ。

「学校という場所」を利用したいときに利用するという考えだ。
本を読みたいから書店や図書館に行く
おなかがすいたから食堂やコンビニに行く
今日は和食が食べたい、今日は中華がいい、だからその店に行く
トイレットペーパーがなくなったから買いに行く
むし歯の治療をするために歯科医へ行く
釣りをしたいから、川や海に行く
旅に出たいから汽車に乗る
ママさんに会いたいからスナックに飲みに行く
学校へ行くのもこれとおんなじだ。
〇〇したいことがあるから、それができるところへ行く。


おなかがすいたからといっても決まった食堂やコンビニ行かなくてもいい。
食材を買って自分で料理したっていい。
自分で野菜を育てたり魚を釣ったりして、それを食べたっていい。
つまり、決められたことを決められたようにやらなくても「自分の目的」は達成できるということだ。

僕は、みんなと同じことをさせられる学校が大嫌いだった。

だから、学校も自分の目的に応じて利用したらいい。
おなかがすいたから給食だけ食べに行く。
今日は体育でサッカーをするので、ゲームだけしにいく。
部活の時間だけ行く。
別に朝から晩まで居なくたっていいのだ。
自分の都合で利用したらいい。
そして、その評価も必要ない。ましてや他者と比較しての評価など必要ない。
「自分が今やっていること」事態に意味があるのだから。

『教育』2019.12号「黙」の強制と学校、社会の「刑務所化」

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