暮らし

「HSC」にとって学校ほど過酷な社会はありません

投稿日:

そもそも「HSC」にとって、学校ほど過酷な社会はありません。大人であれば、対人関係が苦手であったとしても、それをさほど必要としない働き方を選ぶことができます。しかし、学校という場は全員が同じでなければいけないし、同じであることが求められます。そのなかでちょっとでも変わった行動をしようものなら、いじめの対象になってしまうかもしれない。「学校に適応できないなら社会でやっていけないぞ」とよく言われますが、ある意味、社会よりも過酷なのが学校という場所で、そういう集団の苦しさを誰よりもキャッチしてしまうのが「HSC」だと思っています。
社会よりも過酷なのが学校という場所で、そういう集団の苦しさを誰よりもキャッチしてしまうのが「HSC」。
「HSC」にとって生きづらい社会は、そうでない人にとっても生きづらい社会。「HSC」はこの社会を変えるきっかけになる大切な役割を担っている。

【精神科医が解説】
他人が怒られてるのに私が傷つく、ひといちばい敏感な心を持つあなたへ

学校や社会で生きにくい要因

・学校が多数派の占める外向型の子どもたち向けにつくられているから
・社会も多数派の人の在り方を基準につくられているから
「社会不適応」という言葉も多数派から見た表現であり、HSCから見たら社会の方が個に適応していないんです。
だから、「適応指導」は個人に対するのではなく、社会の側にすることが必要です。
だから、学校や社会の環境調整や関係性を良くしていくことが必要なのです。
生きづらさというのは診断名の有無で判断すべきことではありません。
診断名がなければ生きやすい、診断名があるから生きにくいというのではありません。
「障害」は本人にあるのではなく社会の側にあります。
だから、「障害」というくくりの中での支援ではなく、すべての人が暮らしやすい、生きていてよかったといえる社会を作っていく必要があります。
HSCにとっての学校

スポンサーリンク

スポンサーリンク

スポンサーリンク

スポンサーリンク

-暮らし

執筆者:

関連記事

今ここにいるだけで100点満点、みんなが生きることに十分頑張っている

一年の終わりに近づくと、今年は「何に頑張った」とか「これができた」とか振り返りますよね。 「今年は○○にがんばったなあ。」 「がんばって○○ができるようになった。」 「できなかったことができるようにな …

中学生が手作りマスク600枚を甲府市に寄贈、これ買い取ったらいい

滝本さんは人の役に立ちたくてマスク作りに頑張って、自らの意思で「寄付」したことなのでそれはそれでいいと思います。 この子の行為は本当に素晴らしいと思います。 感動的な美談としてあちこちで取り上げられて …

「障害は本人にあるのではなく社会の側にある」という強い認識を

障害は本人にあるのではなく社会の側にある。 「障害者」をわざわざ「障がい者」と害だけひらがなに直して表記することがあります。 これにはとても違和感を感じます。 「害」という字を使うのは、障害のある人を …

長崎県の社会資源ガイドブック『つながらんば』の活用を

不登校やひきこもりになると、誰にも相談できなくて当事者はもちろん家族も孤立してしまうことが少なくありません。 当事者・家族だけでなんとかしようとして、不登校やひきこもりに向き合うことはいい方向には行か …

安さを売りにする場合は特売モデルが役に立つ

際立ったもので人を引きつける――特売モデル 特売モデルとは、文字通りスーパーなどの特売品で利益を上げるものです。 特売品は安く、利益が出ているとは到底思えないのになぜ利益が出るのか――。 特売モデルは …

スポンサーリンク

スポンサーリンク
21世紀の松下村塾 教育相談無料