この記事自体が、全く他人事で書かれています。
メディアの無責任さを象徴している内容としか言えません。
>公立小中学校の教職員が負担を感じている仕事について、文部科学省が初めて調べた。
調べるだけなら誰でもできます。
そんなこと、今さら調べなくても問題はどこにあるか何十年も前から分かっています。
大事なことは、それを調べてどうするのか、どう変えていくのか、その実行力にあります。
何十年間も放置してきた結果です。
>教員が負担を訴えた仕事は、「国や教育委員会からの調査への対応」
これも今さら?という感じです。
それらをバッサリ切れば、教員の第一義に徹することができます。
それがなぜ切れないのか、教員一人ひとりが断ればいいだけのことがなぜ永遠に断ちきれないのか?
そこに問題の本質があります。
>学校や教委、国はできることから進めてほしい。
「ほしい」って、誰に言っているのでしょうか?
「今すぐできること」は山ほどあります。
教員経験者だからこそ言えることも、どこを変えればいいのか提案できることもたくさんあります。
問題は、それを聞こうとしないこと、課題意識を持って変えようとすらしなかったことが問題なのです。
具体的な改革のための提案を聞く気がありますか?
>学校ごとに教員、親、地域で毎年、話し合ってはどうか
そんなことで変えられるのであればとっくに変わっていますよ。
もちろん、関係者が皆で話し合って解決策を考え、それを実行することが大事です。
時間無制限での徹底的な議論が必要ですが、それができていないのです。
変わらないのは、何を変えたらいいのかが分からなかったのでも、変え方が分からなかったのでもありません。
誰もが変えようとしなかったからなのです。
教員の多忙化で最も被害を被っているのが、子どもたちです。
教育本来の目的とは真逆の方向を向いている学校制度によって、多くの子どもたちが悲鳴を上げています。
すべての関係組織と関係者の保身と無責任体質が根本原因です。
そこにバッサリメスを入れない限り、絶対に改革などできるはずはありません!
文科省や教育委員会に求めることも多々ありますが、現場の教員一人ひとりがもっとものを言い、身近なところで「断る勇気」をもつことで変えられることも多いです。
教員の多忙化解消委員会なるものがあるのなら、ぜひ参加して積極的に建設的な意見を言わせてもらいたいです。
群れることでしか生きられない、組織に流されることでしか自分の立場を守れないという思い込みが改革を妨げています。
自分の命は自分で守るしかない。
自分の子どもは自分で守るしかない。
それが、日本という社会です。
しかし、自ら動いていくことによって環境も変えていくことができます。
ひとりの力は小さくても、連帯することで変えていくことは可能です。
教員の多忙化 解消のための提案を聞く気がありますか?
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執筆者:azbooks