教育

学校に行けなくなった子が行くための場所って、結局枠にはめようとしているだけ

投稿日:

「親は、どうにかしようとしないこと。」
素晴らしい!
どうしても、よってたかって「枠」にはめたがるんだよねえ。
「学校に行きたくない」というのは本人の意思表示です。
学校には行きたくないけどやりたいことはある。
それならやりたいことをしたらいい。
それだけのことなんです。
このように考えたら、「不登校」という概念すら存在しないのです。
彼らはトンネルの中にいるのではなく、悠々と空を自由自在に飛んでいるのです。
学校へ行くことを目的としない。
学校へ行く行かないで評価しない。
子ども本人が自分で決めたということが素晴らしいんです。
未だに学校へ行っていない子の人格まで否定する教員や専門家がいますが、彼らの方が明らかに間違っています。
どれだけ学校信仰の信者を増やそうとしているのか?
もちろん、学校が必要な子もいますから、それはそれでいいんです。
何をやりたいかは本人が決める権利も自由もあります。
退屈で窮屈な教室に無理やり閉じ込めて、子どもが生き生きするはずがありません。
さらに、一方的なしつけで自由を奪われてはおかしくなりますよ。
何をやりたいのか分からない子どもを作ったのは日本の教育システムです。
日本の学校は考えない子どもを養成する場所ですから。
なので、「学校へは行きたくない」と主張する子はいたって正常です。おかしな教育システムに「NO!」と言えることは素晴らしいです。
ちゃんと自分の頭で考えて、判断し、決めて、行動している。
大人はそれをできる限り応援することです。
子どもたちは、大人以上にちゃんと考えていますよ。
不登校にしてもひきこもりにしても「形だけ」の窓口は設置されていますが、そこがどれだけ敷居が高いことか。そのほとんどが上から目線。
それでは誰も相談しようとは思いませんよね。
そして、最終的に「自己責任」で終了。
これからも本当に「助けて!」といえる関係性を作るために、つながりを広げていきます。
【不登校】学校に行けなくなった子が行くための学校って、結局、枠にはめようとしているだけな気が

スポンサーリンク

スポンサーリンク

スポンサーリンク

スポンサーリンク

-教育

執筆者:

関連記事

生きる力が弱いことを「自己責任論」や「自助努力論」で片付けてはいけません

貧富の差による「学力格差」については改めて取り上げる問題ではありません。 「学力」の定義をどうするかという問題もありますが、ここでいうのは学歴による格差のことを言っているのだと思います。 大事なことは …

「不登校Q&A~保護者・不登校の子どもに関わるみなさんへ~」が分かりやすい

2010年に作られた登校拒否・不登校を考える全国ネットワーク作成の「不登校Q&A~保護者・不登校の子どもに関わるみなさんへ~」 とても分かりやすく書かれています。 ・ 義務教育は子どもの義務じゃない …

ROCKETプロジェクトは学びを保障しつつ、選択肢を広げる

こういうことは学校ではできない。 だからやるんです。 子どもは、みんな天才です。 それを見逃しているのが「大人のものさし」です。 子どもの「やりたい」を保障する社会をめざしましょう! DO-IT Ja …

発達障害児のコミュ力をあげる自己理解ノートの作り方

発達障害などの子どもに共通の問題は、自分自身のことを客観的に見ることが苦手です。 自己を客観視するには、「外在化」といって、自分の不安感や今の状態を「数値化」することが有効です。自分のことを鏡に映して …

不登校の解決とは?心のエネルギー曲線の回復の姿のひとつの形が「学校へ行く」こと

不登校やひきこもり状態の時によくイメージ化して使われる「心のエネルギー曲線」があります。 心のエネルギーの状態の高低や揺れ幅、長さには個人差がありますが、誰にも必ず心のエネルギーを回復するときはやって …

スポンサーリンク

スポンサーリンク
21世紀の松下村塾 教育相談無料