教育

卒業式の練習は必要ない、無駄なことが子どもと教員の負担を増やしている

投稿日:2019年3月29日 更新日:

こんなしょうもないことが素晴らしいと称賛してなんの疑問も持たないのが日本の学校というところ。
学校でのヤラセと強制はまだまだある。
そんな多くの学校目標は「主体性を育てる」って何?

卒業式練習も一回やれば十分です。練習しなくてもいいです。
運動会も音楽会も練習時間を使いすぎです。
普段の体育や音楽の時間で十分です。
今の学校には、この他にもやめたらいいことがたくさんあります。
誰のために何のためにやっているのでしょうね?
無意味な形だけの式や行事はすぐにやめたらいいです。

教科の時間を削って卒業式などの行事の練習

学校の授業や行事時間については、小学校学習指導要領で定められています。
「児童会活動、クラブ活動、学校行事については、それらの内容に応じ、年間、学期ごと、月ごとなどに適切な授業時数を充てるものとする」
卒業式などの「行事本番」と「その練習」にどれくらいの時間をかけるかは、学校の裁量にゆだねられています。学校現場では教科の時間を削って卒業式の練習に充てています。
そして、卒業式などの学校行事が「総合的な学習の時間」や「学級活動」に読み替えられることは頻繁にあります。
さらに、国語や音楽などの「教科」指導の代わりとして授業時数にカウントされることもあります。
卒業式の歌の練習は「音楽科」、呼びかけの準備・練習は「国語科」として処理されます。
つまり、「卒業式練習」が各教科の標準授業時数になっているということです。
そして小学校ではほぼ全教科を一人の担任が受け持っているため、卒業式の練習等を教科指導としてカウントすることは簡単です。
このように、実際は感動的な式にするために多くの時間が消費されています。教科学習の時間を卒業式練習に充てているのです。
卒業式は児童生徒にそんなに練習させる必要はありません。
私は過度な演出や感動を呼び込むためのパフォーマンスとしての儀式ではなく、卒業証書の授与をする式典で十分だと思います。そうすれば、本来の学校行事の時数として正直にカウントできます。
また、学習発表会や運動会は教科との関連も強いですが、月によって学習発表会練習のために音楽や国語、運動会練習や対外的な体育祭のため練習のために体育の時数が増えたりすることは当たり前にあります。
その時間分だけは本来の教科学習の時間が減らされています。
子どもにとっては面白くもない教科書の勉強をするよりもその方がいいという子もいると思いますが。(笑)

意味のない無駄でしかないことをバッサリ切ること

形だけの儀式や行事、学習内容など、学校から減らせることはたくさんあります。
しかも、それは学校単位で減らせます。教員の働き方改革は学校現場で可能です。
しかし右に習え、前年度通りというのでは何も変えられません。
与えられたことだけをこなすだけでは不可能です。
いっていることとやっていることが違う。
子どもたちはとっくに気づいています。そして「振り」をする。こうやって他人に合わせることで生き残る「術」を身に付けていくのでしょうね。
教員の働き方改革、長時間労働の削減でなんだかんだいっていますが、こういう意味のない無駄でしかないことをバッサリ切らないとやりがいのない負担はますます増えていきます。
ただでさえ学校行事は見せる感動作りのために加熱化、過剰化し続けています。その時だけの見せるためだけの普段はやっていない「お祭り研究会」だってそう。
本末転倒とはこういうことをいいます。

卒業式の練習 必要か? 子どもと教員の負担軽減に向けて 見えぬ実態に迫る

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