教育

学校に行く行かないは選択肢、どっちが正しくて正しくないかではありません

投稿日:2017年12月26日 更新日:


学校に行く行かないは選択肢です。
どっちが正しくて、どっちが正しくないかではありません。
まずはこの認識が重要です。
学校ありきではなく、自分のやりたいことが先にあります。そのために学校が必要なら行ったらいいんです。
必要ないなら行く必要はありません。
行きたくなければ行かなくてもいいんです。
やりたいことがないから「とりあえず行っとくか」もありです。
「何となく行きたくないから行かない」もありです。学校に行っても行かなくても、15才の3月が来たら自動的に義務教育は卒業になります。
その次にどうするかも自分で決めたらいいです。
仕事だっておんなじです。
どんな仕事をするかは自分で決められます。
そのために資格が必要なら勉強しないといけません。資格を取るために学校に行くのも方法のひとつです。でも学校に行かなくても勉強はできます。資格がなくてもできる仕事もあります。自分で経験を積んで技術を身につけることだってできます。
学校には行かなくてもいいし、仕事を選ぶのも自由です。でも、やりたい仕事をするために必要なことがあるならそれをしなくてはいけません。
つまり、何をするか、どこに行くかはすべて自分で決めることができるということです。そして、その方法はひとつではなくいろいろあります。
あとは、それを実行するかしないかで決まります。
そういうことです。
小幡くんが10月に米子に来た時に話をしたのですが、人と話をすることが大好きっていう若者です。
学校には約10年行っていなくて定時制高校に進み、そこで出会った人がきっかけとなって今の自分を決めたといいます。
彼がみんなと同じように学校に行っていたらその出会いはなかっただろうと思います。
だから学校がすべてではなく、どこでどんな出会いがあるか分からないしいろんな道があるってことですよ。
周りに素敵な大人がいたら子どもも「自分もあんな大人になりたい!」と思います。
つまらない大人がいたら、「大人になんかなりたくない」と思います。
夢は何才になっても持っていいし、諦めなければ何才になっても叶えることができます。
それは他人が決めるものではなく、自分自身が決めることです。
だから、自分自身が楽しく生き生きと生きることが一番です。
少なくとも子どもの夢を否定したり未来をつぶすような大人にはなりたくないですね。

少なくとも子どもの才能をつぶすのだけはやめてくれ!
そのために必要なことは子どもを同じ「ものさし」で評価して意味のない競争をやめること。
学校は教えることをやめること。
ボクは「ボク」なんだから他人と比べることはまったくナンセンスなんだよ。

あと、「登校」という表現は間違いです。これは支配者から支配されている言葉で、正しくは「通学」「通園」といいます。
「登校していることが正しい」のか? 不登校経験者らが義務教育の在り方を問う

スポンサーリンク

スポンサーリンク

スポンサーリンク

スポンサーリンク

-教育

執筆者:

関連記事

子どもたちに親や教員など大人の価値観を押し付けるなよ!

そもそも学歴を価値とする考え方自体が間違っています。 学歴主義が長く続いてきた結果が今の理不尽な社会の仕組みを作っているといってもいいです。 学歴主義以前の問題として「やらされている」教育、「やらされ …

学校に行かないとお母さんが警察に逮捕されるよ

初めて訪問指導にきた担当の言葉「学校に行かないとお母さんが警察に逮捕されるよ」って、こんな学校なんか行く必要なんかない! 娘は学校に行かなくなり、放課後だけ私と一緒に登校するようになりました。 すると …

「ママがいい」この数年で読んだ本の中で最も素晴らしい本

「ママがいい」 この数年で読んだ本の中で最も素晴らしい本です。 読むたびに何か行動を起こしたいと思う内容ばかりです。 「子どもをどう育てるか、という意識から離れて、可愛がることに専念してみてください、 …

政府の一斉休校要請に対する「反乱」が、学校現場の変化につながるかもしれない

「文科省や教育委員会から指示が出ていない」 「うちだけが休校するわけにはいかない」 これが一斉休校を実行した大きな理由です。 各自治体、各地教委はコロナが拡大することを心配しているのではなく、自分が責 …

このままでは、2020年には子どもの「学力格差」はもっと拡大していく

今の日本の学校システムの中で、社会システムの中で、教員も児童生徒もどれだけ自己主張ができているでしょうか? 現実の政治や社会のあり方を批判的に学び考え、自身の意見を表明できる人がどれだけいるでしょうか …

スポンサーリンク

スポンサーリンク
21世紀の松下村塾 教育相談無料