教育

「学校くらい行かせるべき」?ボクは「不登校」という言葉、その概念自体を認めない!

投稿日:2023年10月24日 更新日:

ボクは「不登校」を認めない!
「学校に行かないこと」を認めないという意味ではない。
「不登校」という言葉、その概念自体を認めないという意味です。
そもそも「不登校」という概念を作り出すことが「害」であり根本的な問題、「差別」の根本である。
いつどこでなにをするのか、誰と何を学ぶのかは本人が決めることであり、行政が決めることでも親が決めることでもない。
では、「不登校問題」とは何がどのように問題なのか?
「嫌がる子どもが無理して行かせられる学校制度」にこそ問題がある。
すべての子どもに「学びの保証がなされていないこと」が問題なのです。
「不登校問題」をめぐる議論はまずここから始めなければならない。

不登校支援を根本から見直さなければ永遠に解決なんかできない!

最も基本的な認識として、「不登校」とは子どもの側の問題ではなく学校側、受け入れる側の問題であるということ。
まずはこれを間違ってはいけない。
「不登校」なんて用語を作ったことが差別と偏見を産んでいる。
つまり「不登校」とはネガティブなイメージを作るために仕組まれた概念なのです。

「不登校の子が通うフリースクール」って言い方も変だと思う。
別に学校とフリースクールを分けなくてもいいし。

「不登校特例校」なんて名称も不適切。ただの「学校」でいい。

不登校特例校分教室、大和市が来春開校へ、なんでわざわざ「不登校特例校」?

「学校くらい行かせるべき」と思ってしまう苦しさ。不登校の小中学生が過去最多、親の葛藤

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