すべての仕事は社会貢献である。
仕事と社会貢献は並行できないという者がいるが、これは間違い。
その背景には、仕事は利益を追求し社会貢献はボランティアだという考え方がある。
社会貢献活動というと、「恵まれない人への寄付」だとか「無償のボランティア」活動とイメージする者が多いが、これは間違いである。
職種でも介護職、デイサービス、高齢者支援、障害者支援を社会貢献、人の役に立つ仕事だと考えるのも大間違いである。
すべての仕事は社会貢献である。
正社員であろうが、派遣労働であろうがパートやバイトであろうが、全ての仕事は社会貢献である。
多くの企業の経営理念に掲げられているが、
「お客さまの利益を追求し、仕事を通して社会に貢献する。」
これが正しい。
企業のサービスや商品を通じて人々の暮らしが便利になり楽になる。
それが、社会貢献の姿である。
企業であれば、多くの人々にサービスを提供すること、収入が上がれば所得に従って納税額が増えるわけだから、それが巡って生活保護費や福祉に充てられている。
生活保護費や福祉という言葉を出すと、ボランティアの印象が強いがこれもまた誤った認識である。
企業は、利益を出し内部留保を厚くし、法人税を納める。これが国家予算となる。
人々の持っている「少しでも楽をしたい」という願いを叶えること全てが社会貢献である。
企業は、社会に必要とされるサービスが提供できなければ社会貢献とはいえない。
当然、利益も産まれない。
役に立たない企業は、倒産する。結果、社会貢献はできない。
つまり、「企業が利益を産むこと=社会貢献」働くこと=社会貢献」なのだ。
社会的意義というと堅苦しく感じるが、そう窮屈に捉える必要はない。
どんな仕事にも社会的意義はあるし、人を雇用し、富を創出しているだけで、企業は社会に貢献しているのだ。
資本主義社会においての企業とは、資本・資源・資金を集め、そこで人が働くことで富を生み出す経済活動が役目である。
企業は経済的な富「利益」を生み出すだけでなく、同時に地域資源の活用、働き手や家族の生活の安定、コミュニティ形成、インフラ整備、製品・サービスによる顧客の生活や仕事の充実など様々な社会的な価値も生み出している。
「社会貢献といいながら、利益を産むのはおかしい」
これもまた間違ったとらえ方である。
無償のボランティアであっても一時的な貢献は期待できるが、長く続かないと意味がない。
社会貢献において最も重要なことが「継続可能なシステム」であるかどうかである。
役に立たない商品やサービスを作ったとしても継続はできない。
寄付金や無償のボランティアは長くは期待できない。
そして、この寄付金や無償のボランティアを支えているのも、個人の利益なのである。
長く続けるためには、いつまでも寄付金に頼ることはできない。
そのため、経済的な基盤としての利益が必要になるのである。
このように、ビジネスとしてのシステムが成立しないと社会貢献も継続できないのである。
企業が利益を産まない限り、社会貢献にはつながっていかないのである。
そうはいうものの、あまりにも利権主義と私利私欲を肥やすための企業経営には反対である。
資本主義社会の欠点の一つが一部の者にだけ富が集中することであるが、これは企業経営者の考え方次第で変えていくことが可能である。
社長の給与を社員に分配すればいいだけのことだが、実際にこれができる社長は少ない。
ここでは、「労働対価」としての給与システムについては触れないが、あまりにも社長と社員との給与格差がある企業は、「社会貢献のフリ」をした儲け主義優先の考え方をしているといえる。
最も優先すべきことは社会への貢献、次に社員と家族の幸福、顧客の幸福、そして最後に来るのが「サービスの対価」としての利益である。
これは企業のみならず、個人レベルでも同じことがいえる。
個人の利益が社会貢献につながっていくのである。
そして、その利益によって社会への貢献度も増していくことになる。
すべての仕事は社会貢献である。社会貢献は企業と個人の利益によって支えられているのである。
「KENJA GLOBAL PRESIDENTS OF 500」
http://www.kenja.tv/
正社員であろうが派遣であろうが全ての仕事は社会貢献である
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執筆者:azbooks