ひきこもりの在り方は、同じ日本の中であっても、じつに多様であるといわなければなりません。
コミュニケーションに飢えているひきこもりもいます。
コミュニケーションをとことん避けているひきこもりもいます。
5年もの間、一言も発しなかったというひきこもり仲間を近くに知っています。
そうかと思うと、私自身20代はずっと「そとこもり」をやっていたので、生きていくための最低限のコミュニケーションは毎日避けられませんでした。
私はほとんどの場合、いやいやながら人々とコミュニケーションを取っていました。
ひきこもりは個人の問題ではなく、社会の問題である。
ひきこもりであることが解決のひとつでもある。
このような基本的な考え方によらなければ自己実現はありえない。
【イタリアのひきこもり研究者と対談】ミラノ東京
ひきこもりダイアローグ
これだけでは無責任です。
ひきこもりであることを否定している記事にしかなりません。
ファイナンシャルプランナーとして「働けない子どものお金を考える会」のメンバーであるのなら、「であればどうする」私ならこうするという具体的な提案が必要です。
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