教育

いいかげんに「学校信仰」「学校宗教」から目を覚ますべき

投稿日:2016年11月29日 更新日:

もう、ではなく、とっくに、です。
既存の学校だけが全てという考え方は、いい加減に止めたほうがいいですね。
というか、賢い子どもは自ら学びの仕方を身につけ、社会のどこかに所属することを止め、自らの力で未来を切り拓きはじめています。私の目指すところもそこです。
狭い世界で、決められた限られたことしかできない(やらされる)学校で、個々の興味・関心に応じた学習をさせることは不可能です!!
だから、子どもたちはいろいろな形でメッセージを発しているのです。
いじめ、不登校、校内暴力などなど、そのほとんどは学校教育制度と教育内容や教員の対応を含めた学校環境の不備によって発生しています。それを小手先や力づくで押さえつけようとすればするほど歪は大きくなっています。
その本質部分を変えないまま、無理やり子どもたちを枠の中に閉じ込めることがいかに非人間的なことか、誰が考えても分かります。
だからこそ、多様な学びの場を数多く作っていくことが必要なのです。
いいかげんに「学校信仰」「学校宗教」から目を覚ますべきです。
そもそも学校教育の目的と実際にやっている(やらせている)ことが乖離しすぎています。
海外の教育についても受け止め方と価値観も違いますので、一概にどの国がいいともいえません。
どれを選ぶかは子ども自身が持っている権利です。
しかし、日本の学校教育は「信仰」としかいいようがないです。
日本の画一的な教育はもう、限界が来ている

スポンサーリンク

スポンサーリンク

スポンサーリンク

スポンサーリンク

-教育

執筆者:

関連記事

発達障害の子どもたちが辛いのは不適切な対応による「二次障害」

この記事すごく分かりやすいです。 発達障害の子どもたちが辛い思いをしているのは、周囲の理解のなさからくる不適切な対応によって引き起こされる「二次障害」によるものが大きいです。発達障害からくる特性はうま …

広島県教育長平川理恵さんのめざす学校教育とは?

平川さんのめざしているのは決して特別な学校ではありません。 子どもたちが自分の課題に向かって生き生きと学び、人と関わることができる当たり前の学校です。規則で縛らない学校です。 これまでの「学校や教員に …

軍隊や刑務所のような意味不明で理不尽な学校の校則も変えることができます

かつては学校で男子の丸刈りが校則にありましたが、後の反体制運動によって長髪も認められるようになったようです。 しかし、学校では依然として髪の長さや身なりや持ち物は制限が決められています。ラジオ体操、制 …

日本の学校は、一斉授業、一律評価によって子どもを序列化している

そもそも一斉授業を行うことは無理。 分かっている子は授業がつまらなくて退屈し、分からない子は授業を聞いているフリをして苦痛でしかない。 これは、日本の授業スタイルが持っている本質的な問題点なのですが、 …

教科書の採択結果に納得できない市民や教員たちが反発

教育委員会制度の閉鎖性が一番の問題なのですが、私たちの教育に対する無関心がそうさせているといってもいいです。 だから意見も出ないし議論も深まらない。 まとまるはずもないので、決まりきったことを確認する …

スポンサーリンク

スポンサーリンク
21世紀の松下村塾 教育相談無料