暮らし

「HSC」にとって学校ほど過酷な社会はありません

投稿日:

そもそも「HSC」にとって、学校ほど過酷な社会はありません。大人であれば、対人関係が苦手であったとしても、それをさほど必要としない働き方を選ぶことができます。しかし、学校という場は全員が同じでなければいけないし、同じであることが求められます。そのなかでちょっとでも変わった行動をしようものなら、いじめの対象になってしまうかもしれない。「学校に適応できないなら社会でやっていけないぞ」とよく言われますが、ある意味、社会よりも過酷なのが学校という場所で、そういう集団の苦しさを誰よりもキャッチしてしまうのが「HSC」だと思っています。
社会よりも過酷なのが学校という場所で、そういう集団の苦しさを誰よりもキャッチしてしまうのが「HSC」。
「HSC」にとって生きづらい社会は、そうでない人にとっても生きづらい社会。「HSC」はこの社会を変えるきっかけになる大切な役割を担っている。

【精神科医が解説】
他人が怒られてるのに私が傷つく、ひといちばい敏感な心を持つあなたへ

学校や社会で生きにくい要因

・学校が多数派の占める外向型の子どもたち向けにつくられているから
・社会も多数派の人の在り方を基準につくられているから
「社会不適応」という言葉も多数派から見た表現であり、HSCから見たら社会の方が個に適応していないんです。
だから、「適応指導」は個人に対するのではなく、社会の側にすることが必要です。
だから、学校や社会の環境調整や関係性を良くしていくことが必要なのです。
生きづらさというのは診断名の有無で判断すべきことではありません。
診断名がなければ生きやすい、診断名があるから生きにくいというのではありません。
「障害」は本人にあるのではなく社会の側にあります。
だから、「障害」というくくりの中での支援ではなく、すべての人が暮らしやすい、生きていてよかったといえる社会を作っていく必要があります。
HSCにとっての学校

スポンサーリンク

スポンサーリンク

スポンサーリンク

スポンサーリンク

-暮らし

執筆者:

関連記事

心に寄り添うのは安易な希望の言葉ではなく、絶望し続けたカフカの言葉(頭木 弘樹)

心に寄り添うのは、安易な希望の言葉ではなく、絶望し続けたカフカの言葉 「将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。 将来にむかってつまずくこと、これはできます。 いちばんうまくできるのは、倒れたま …

障害者が「障害を強みにして、それを売りにしている」ということについて

障害者としてではなくひとりの人間として付き合ってほしい 今日は琴浦町のまなびタウンとうはくであった「第13回 琴浦町差別をなくする町民のつどい」の南雲明彦さんの講演会に行ってきました。 演題は「ボク、 …

全国でコロナ対策競争、首長の自慢大会が激化している可笑しさ

全国でコロナ対策競争が激化している。 他県と比べて感染者が多いだの少ないだの。 どこどこのコロナ対策がどうのこうの。 ○○県方式が優れている。 ○○県力が効果がある。 こんなことをしている段階ですでに …

優先席、お年寄りと一口に言っても・・・

えっ?どうしよう・・・? 席を譲らなきゃダメかなあ・・・ 小学生が考える「席を譲らない理由」も一理ある?電車で席を譲らないのは悪か? http://spotlight-media.jp/article …

チャリティの名を借りたテレビ局の一大ビジネス

8月24日から25日にかけて毎年恒例の『24時間テレビ 愛は地球を救う』(日本テレビ系)が放送された。 同番組をめぐっては、チャリティー番組にも関わらず出演するタレントにギャラが支払われていると度々指 …

スポンサーリンク

スポンサーリンク
21世紀の松下村塾 教育相談無料